始まり 青いボーカロイドがやってきましたの巻(マスター視点)
……ふむ。
さてどうしたものかと、俺は玄関にドカンッと置かれた人一人余裕で入りそうなダンボール箱を前に腕組して突っ立っていた。
こんな辺鄙な山奥に来るなんて、どこの馬鹿だと、ドアを開けたら。
いたのは、なんかやけにげっそりやつれきった(恐らくここに来るまでに迷いに迷ったせいなのだろうが)某宅配業者の人間で、俺の姿を見るなり、歓喜のあまり泣きながらもプロ根性か荷物のサインを求めて、こっちが何か言いだす間もなくダンボール箱一個をおいて帰って行った。
……これは、あれか?
商品を送りつけて、後から請求するという悪徳商法か?
…まあ別にいいが。別にこれを買わされたからといってグラつくような貯えじゃない。
請求が来れば、相手して逆詐欺かけてやるというのも良い暇つぶしになるだろし、そもそもどうでもよかった。
「爆弾なわけがないな…」
俺に恨みを持つ奴らがわざわざ調べ上げて? ずいぶん暇なようだな。
思わず口元が緩み、俺はダンボール箱を軽く蹴った。
軽く揺れたダンボール箱から、何かが動く気配があり、蹴った時の衝撃とは違う力によって動いた。
「……」
俺は表情を無にして、箱を見つめた。
動かなくなった箱からは、何故か早く開けて…っていう訴えが聞こえてくるような気がした。
溜息とともに、頭を掻いてから俺は腰に隠していたナイフを取り出すと箱を開封した。
「……」
「……」
開けた瞬間、目にしたのは、どこか見覚えのある…、青。
青い髪の男だった。
それが箱の中に胎児のように体を丸めて眠っている。
……違う。眠っているんじゃない。
これは、まだ…生きてさえ…生まれてきてさえない、ものだ。
男が押し込まれている隙間に、ビニールに包まれた分厚い本と、コード類があった。
取り出して紙面を見て、俺はようやくこれが何なのか思い出した。
VOCALOID(ボーカロイド)
名前は…KAITO
暇つぶしにネットを見ていて、たまたま見かけた歌う機械だった…はず。
確か、他にこいつの同類がいたはずだが、送られてきたのはこれだけだ。
…全員こられたら、まあそれはそれか。
とにかく、これの正体は分かった。
さて…、どうしたものか。
開けてしまった以上、一応使ってやろうか。
起動のさせかたを、説明書で確認し、俺はノートパソコンを引っ張ってきて、コードをつないだ。
やはり機械だ。見た目は細い男だが、重い(普通なら業者が部屋まで運ぶのだろうがな…)。部屋に運ぼうと思ったが断念したのはこのためだ。
インストールが始まり、画面に従ってキーを押していき、そして…。
……箱にいるうちに、蹴ったせいか?
起動が終わったことをPCが伝えてきても、ヴォーカロイドのカイトが動きだす気配がない。
だが、俺が箱に身を乗り出してカイトに顔を近づけた時だった。
パチリッと目を開けたカイトが、いきなり起き上がろうとしたもんだから、当然のことながら、カイトの頭で俺の顎が…。
顎を押えて床に倒れた俺に気づいたカイトは、慌てて箱から出てきた。
「ごめんなさい! だ、だだだだだだだ大丈夫ですか!?」
……ふーん。やはり機械臭いかと思ったら、人間みたいな慌て方するんだな。声色はやはり歌う機械だけに、良い声をしている。
「…っ……。平気だ(この程度)。そんな泣きそうな顔をするな」
「……」
…顔も赤くなるのか。知らない間にずいぶんと文明が発達したものだな。それとも持主の望むように歌うことを目的に作られたからこんななのか?
「どうした? ん?」
「…あ、ああ…! すみません…!」
人の顔を見てぼーっとしているカイトに、俺が首を傾げて優しく問いかけてみると、カイトはますます顔を赤くして、まるで着替え姿を見てしまって慌てる青少年のようにそっぽを向いて手をパタつかせた。
「…で? おまえは、まず俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」
俺が少し横暴に聞いてみると、カイトはあっと声を漏らして、目を泳がせると、やがて意を決したか俺をまっすぐ見つめて。
おそらくそうプログラムされているのだろう、笑顔を浮かべて(たぶんそれ以外も含むんだろうが。ものすごい嬉しそう)。
「初めまして、僕はボーカロイドのKAITO(カイト)です。今日からよろしくお願いします、マスター」
「いいや。俺はマスターじゃない」
間髪入れず言ってやると、カイトの笑顔が一瞬にして曇った。
「え…あの…」
「あ〜…、おまえはな、間違って送られてきたんだよ。俺はおまえを注文した覚えもないし、おまえを送りつけてくる相手もいない。だから俺はマスターじゃない」
……起動(生まれさせる)させるべきじゃなかったな。
「だが…、おまえを目覚めさせたのは俺だ」
おまえが間違ってうちに来たことを理解したうえで、だ。
「おまえを使いたくて、おまえを箱から出したわけじゃない。起こしたはいいが…、ひょっとしたら生涯使わないかもしれない。…それでも、俺はおまえのマスターか?」
起きたばかり(生まれたばかり)の機械には、死の宣告も同然だな…。
俺を呆然と見ていたカイトは、うつむき、けれど首を横に振った。
「僕のマスターは…、あなただけです」
「…そうか」
やっとの思いでそう口にしたカイトに俺が手を伸ばすと、カイトは目をギュッと閉じて、身を竦めた。
まるで叱られた子供のようだな…。思わず苦笑してしまった。
「…俺は、怒っていない」
それだけは分からせ、俺はカイトの頭を撫でた。
驚いて顔を上げるカイトは、最初に俺に見せた笑顔以上に輝いた笑顔を見せて、俺に抱きついてきた。
……本当に機械とは思えないな、全く。
カイトの重さと、機械らしからぬ体温を感じながら床に押し倒された俺は、とりあえず俺の胸にスリついてくるカイトの頭を撫でてやりながら、天井を仰ぎ見た。
こうして、間違って俺の元に届いて起動したヴォーカロイドカイトとの生活が始まったのだった。
あとがき
…明らかに元ソルジャーか、特殊工作員臭いのが見えみえだな。でもそんな年じゃないですよ(せいぜい30代入ったばかりくらい)
カイトは早速マスターに恋したようです。
次回からは、マスターが暮らす屋敷の中でカイトがえらい目にあい続けます。
バイオハザード等のホラーの演出がおこる異次元みたいな場所だというのを頭においてみてください。
戻る